書いて浮かべるブログ

繊細でのんびり好きなおいさんのアタマノナカ

気分転換するもの

「気分転換」とはなんだろう。

三省堂の新明解類語辞典(国語辞典ではない)には、
「何かをして気分を変えること」と書かれていて、
まわりには気休め、気晴らし、気散じ、憂さ晴らしなどが並んでいる。

ちなみに「気分」は、
「一定時間続く快・不快などの感情状態」

つまり、「気分転換」とは、
「なにかをして感情状態を変えること」になる。

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気分を転換というのは、これまで考えていたことを別の場所に移すことなのだろうか。
脳内のイメージでいうと、これまで活発に働いていた領域をまったく別の領域に接続することになるのだろうか。

それは、同じ場所では解決できないことだから、別の場所に解決の鍵を求めるということなのだろうか。
別のことを考えることでも、別の場所に移動することでも、とにかくここではもう埒があかないから、別のところへ、ということなのだろう。

では、この、別のところへ移動しているのはなんなのだろう。
私の視点、意識の中心、他にも色々考えられそうだが、上空から見下ろしている何者かがいるということだろう。

その何者かが移動すると、解決に繋がることがある、というのはどういうことなのだろう。

どんな場所にあっても、どんな知識があったとしても、結局のところ、それを見下ろしている何者か次第で、その能力のようなもので、解決に繋がるかどうかが決まるということなのだろうか。

それが意識とか魂とかいわれるものなのだろうか。
それとも、気分転換という言葉にあるように感情のことなのだろうか。

感情は、日本国語大辞典(精選版)によると、「意識の主観的側面」のようだから、似ているものではあるが、意識の状態によって感情が変わってくるということだろう。

ということは、私とは少なくても、意識と感情、それに無意識が含まれているものということになる。

気分転換という場合は意識的にすることが多いだろうから、気分転換をするのは意識ということか。

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そのとき感じている感情とは別のところの意識からの信号がなにかで、気分転換をしようと思うんだろうな。

そう考えると、普段の私はほとんど感情だ。
人によって異なるんだろうけども。

覚めた意識でいることが「さとる」ということなのだろうか。

そういうことなら、みんなちょこちょこさとってるってことになるだろう。

無意識ってやつは、名前からして自覚できそうにないから、今はよくわからないけど。