書いて浮かべるブログ

繊細でのんびり好きなおいさんのアタマノナカ

3D TouchとHaptic Touchについて考えてみた

iPhone Xには、3D Touchを実現するためにTaptic Engine(タプティックエンジン:画面を強めに押し込んだときに専用の機能が使えるもの。指に振動が返ってきて押している感覚がある)っていうものが搭載されてるんだけど、これってiPhone6sの頃から使えるから、もう丸3年くらい経ってるんだよね。

でも、積極的に使ってる人ってあんまりいないんじゃないかな?

私は気に入っててよく使ってるんだけど、何に使ってるのかといえば、思い出すのは文字を入力をするときのカーソル移動くらい。便利だとは思うんだけど、この操作くらいしか思いつかない。

どうやら噂によると、iPhone XRに採用されるHaptic Touch(ハプティックタッチ:画面を長押しすることによって専用の機能が使えるもの)に吸収されそうだ。
確かに長押しをして同じ機能が使えるんなら、何も専用の押し込んだ感覚がなくてもいい気がする。

ところで、MacbookにもTaptic Engineが搭載されているんだけど、どんな感じに使われてるかっていうとトラックパッドを押したときの操作、マウスでいうところのクリックに対応している。
これはホントにすごく良くできていて、多くの人がTaptic Engineすごい!って感じるんじゃないかな (意味のわからない単語の上で2段階押し込むと辞書が開いたりもします)。

今までのクリック操作の代替のような感じで使われてるから、知らないと使えないってこともないし、何よりとっても自然な感じに溶け込んでるから違和感もない。
私的には、この技術をiPhoneみたいに液晶パネルへ応用したら、2画面のiPadがみたいなのが作れるんじゃない?! それ使ってみたい!って思ってる。

ただこれって、さっきも言ったように今ある機能の代替なんだよね。

で、3年くらい3D Touch搭載のiPhoneを使ってみて思うのは、みなさんと同じように長押しで対応できるようになったんならそれでいいんじゃない? ってこと。代替できるものができたってだけで、なにもTaptic Engineが要らなかったわけじゃないってこと。実際に採用してみることで、必要な機能を見定めるための重要な役割を果したんだ、と考えたい。それに、いろんなデバイスへ採用することによって、小型化やコストダウンもできただろうしね。

ちなみに、Apple WatchにもTaptic Engineが搭載されているんだけど、これは残るんじゃないかなあ。

どうしてそう思うかというと、Apple Watchの場合は画面を長押しするよりも押し込む方がやりやすいと思うから。
それに、iPhoneで押し込む操作が浸透しなかったのは、片手で操作をしてる人が少ないからだと思う。両手でiPhoneを操作するときに指で押し込もうとするよりも、片手で握るように押し込む方がやりやすいだろうから。たぶん開発者も片手で操作する人だったんじゃないだろうかと思う。

あ、今思ったんだけど、過去を振り返って「あれしなくてよかったな」とか「これ買わなくてよかったな」とか思うのは過去の経験を踏まえた今の自分で考えてるからでしょ? 今ならこうするみたいな。
3D Touchについても、そんな目で見たらいいのかな、って思った。

iOSをアップデートして感じたこと

iOS12.0.1がきた。iPhone XS向けの不具合修正がメインのようなのであんまり関係ないのだけど、いつものように早速アップデート。

そういえば、今すぐにアップデートできるiOSバイスiPhone XとiPan Proの2つだけ。 以前はiPad miniとかもあったから、OSのアップデートがリリースされた日は気持ち的に忙しかったなあ。

アップデートがないっていう少しマイナスなイメージよりも、安定したからもう修正は要らない、っていう前向きな感じに捉えるのもありかもしれないね。

あとは、今のこの生活に溶け込んだ状態で安心して使える、というか。 もう十分に成長したから、あとは余生を楽しもうとする人の感覚とか。

でも、そのままだといつか終わりだったり飽きが来るので、それまでには道具も頭の中も、いづれは体も取り替えましょう、ってことなのかも。

それって寂しい気もするんだけど、なんだか面白そう、って感じもしますよね?

iOS12にアップデートする前に気をつけたかったこと

要点からいいますと、iTunesを使ってiPhoneiPadのバックアップをとる場合、PDFファイルは保存されないので別の方法でバックアップしておきましょう。というお話です。

OSアップデートでの失敗

少し前にiOS12へアップデートしまして、2ファクタ認証を促してくる設定アプリがウザいくらいで特に問題はなかったのですが、問題に気がついてしまいました…。

iBooksに入れてあったPDFファイルがなくなってしまっていたのです! iTunesからバックアップを復元してアップデート前に戻してもファイルは無い。
早速Appleサポートに電話して尋ねてみると、「今回、iBooksは大きく変わりましたからねー」「PDFファイルはバックアップ対象ではないんですよ」とのこと。

ガーン、そのPDFたちはメルマガから期間限定でダウンロードしたものだったので、もう手に入れることはできません。
結構凹んだのですが、よくよく考えてみると開いたことがなかったので内容もわからない。
なーんだ、だったらもともと無かったのとおんなじじゃないか。じゃあ、ま、いいか。

あれ? でも購入したPDF形式の電子書籍は消えていない。なぜ? とアップルサポートの方に聞くと、それは購入したっていうデータが付いているからバックアップされたんでしょう、との話。そんなもんなんだろうか。

ということで、iOSをアップデートするときには、リニューアルしたアプリのデータを特に念入りにバックアップするようにしましょう。
iTunesでバックアップされないことがあるというのなら、iBooksでのPDF閲覧は控えるという方法もよいかもしれません。

私のデータはもう返ってきませんが、これからアップデートされる方はお気をつけくださいね。

MacBookをmacOS Mojaveにアップデートしました

MacBook(Early 2015)をMojaveにアップデートしてみました。
ほとんど標準のアプリしか使っていないので、アプリの互換性についてはお伝えできませんが、同じような環境で、アップデートどうしようかな? と考えている方は参考にしてみてください。

Mojaveは速いかも?

今回のアップデートはハードウェア条件が変更になったからなのか、ずいぶん動きがキビキビしているように感じます。Metal対応グラフィックプロセッサ(GPU)の搭載が必須となったことから分かるように、Metalへの移行を進めたことが効いているのでしょう。とはいっても、画面エフェクトが高速化されているようですので、もしかしたら速くなったと感じているだけなのかもしれませんけどね。

ダークモードは結構好み

正直なところ、あんまり期待していなかったダークモードなのですが、純正機能としてサポートされるというのはありがたいなあと思います。ダークとはいっても、すべての背景が真っ黒になるわけではなく、例えばSafariの背景は白のままなので、サイトの閲覧をするときもこれまでとの差が少なく違和感もありません。
まあ、差が少ないんだったら前のままでもいいじゃん、と言われればそうかもしれませんが。

目に優しいのかはよくわかりませんが、普段から明るさを半分も上げない私としては暗めの色調で統一してもらえた方が好みではあります。

当然ながら標準アプリのダークモードへの対応は問題なく、日記などを書くのに使っているDAY ONEアプリにも問題はない。ちょっとした画像編集に使っているPixelmatorは、もともとダークな色合いだったこともあって変化はなさそうです。

iOSのスマート反転もこんな感じだったら大歓迎なんだけど。

ファイルを整理してくれる、らしい

デスクトップの散らかったファイルを整理してくれる機能が追加されました。
しかし、わたしのデスクトップには使っているファイルしか置いていないので、その真価は発揮されないかも(置いておくものがないとも言う)。もちろん機能をオフにできるので、散らかってる方が発想が広がるという方にも安心ですよ。

通知センターの計算機がクリアされた!

イヤだったのは私だけかもしれませんが、通知センターに表示している計算機の問題が修正されました。
おそらくSierraあたりをインストールしたときの計算結果がデフォルトになってしまっていて、何度ACを押しても変な数字になり、0にすることができなかったのですが、その問題が解決されました。新しさを追いかけるだけでなく、ちゃんと細かい問題も修正してもらっているのは嬉しいです。だれも望んでなかったでしょうけどね。

次回のハードウェア条件変更はいつ?

私のMacBookは2015年モデルなので発売されてから3年が経過しています。今のところMacBook Air、Proともに、Mid 2012までMojaveに対応しているので、あと3年くらいは最新のmacOSが利用できたらいいなあ。

最後に

Mojaveにアップデートしたら重くなって使えなくなっちゃうかも…。でも、そのときは仕方ないからEl Capitanに戻す(つい最近まで購入時のOSに戻せるって知らなかった)、もしくは速くなった12インチのMacBookを手に入れればいっか。とか思いながら、エイヤって感じにアップデートしてみたところ、逆に動作が軽くなってしまって驚いた、っていう状況。2015年のMacBookでも無事にMojaveは使えるということがわかりました。

ハードウェア条件などのアップデートの情報については、↓こちらを参照ください。
macOS - アップグレード方法 - Apple(日本)

今年はいつものiPhone縛りから解放されたかも

さきほど、新しいiPhoneが発表されましたね。

ここ数年、毎年iPhoneを買い換えてきた。とは言っても前の機種を嫁さんにまわしてたから、有効活用できている、つもり。

でも今年は、買い換えなくていいかなーと思っている。
今回のiPhoneには、それほど魅力を感じなかったので。私は。いまのところ。

もう少し何か変化があれば買い換えようと思ってたのだけど。
とはいえ、そのもう少しの変化が何にも思いつかない。カラーバリエーションにはあんまり興味がないし、背面ディスプレイにも利用イメージがわかない。
(この辺りは頭の体操だと思って何か新機能を想像してみたいと思うところだが)

それに、iPhone7のときは1年を過ぎたあたりでバッテリー容量は90%程になっていたのに、もうすぐ一年になるiPhone Xのバッテリー状態はまったく問題ないので、もう一年使おうかなと。

とりあえず、あとはiOS12の登場を待つだけなので、出費は抑えられそうだ。

もし考えるとしても、Apple Watch Series 4くらいだろう。
初代Apple Watchもバッテリーの持ちに問題はないのだけど、ちょっと困っているのは、通話するときに相手の声は聞こえるのに、こちらの声が聞こえにくいようなこと。

iPhone X、もう1年よろしく〜。
iPhone7と比べると、背面がガラスだからか指に吸いついて滑りにくいところとか、何気にとっても気に入ってる端末なんよね。
(iPhone XSがXより大幅に値下げされなかったのも少しだけ嬉しい)

誰にも頼らない、のび太でいいのか

ひさしぶりにドラえもんを見た。私の感想としては、まあこんなもんだよね、という程度。

嫁さんが言うには、「のび太ドラえもん頼りっきりで、甘ちゃんなのが嫌い」

ということなのだが、のび太ドラえもんにまったく頼らなかったら、どうなのだろうか?

いつもの「ドラえもーん!」のシーンがなくなり、ドラえもんに相談することがなくなる。
ということは、ひみつ道具は出てこなくなる。
のび太が粘り強く課題に取り組んで、問題を解決するまでがひたすら描かれる。
最後には、問題を自力で解決してのび太のレベルがアップする。

これが毎回繰り返される物語となる。

つまり、ドラえもんの出る幕はない。
しかも、のび太は毎回パワーアップしていくので、だんだんできないことがなくなっていき、話のネタも尽きてくる。おそらく人気がなかったドラマ並みに少ない回数で最終回を迎えることになっていたことだろう。

ドラえもんの方も、登場する必要はないのだがタイトルが「ドラえもん」であるので、少なくても部屋でどら焼きを食べていたり、ミーちゃんとデートしている場面くらいは出演させてあげないといけない。
そういった回が続いた挙句に、最終回を迎える。

ドラえもん「僕がいなくても大丈夫みたいだから、セワシくんとこに帰るね」
のび太「全然お世話にならなかったけど、おかげでなんでもできるようになったよ。ありがとう。ドラえもん

これでいいのだろうか?
いや、本当のところはこれでいいはずなのだが。

嫁さんはこんなドラえもんを望んでいるのだろうか。こんなものは見たくない…って、
あれ? これって出木杉が主人公になるようなものか?!

いつも楽しいのが当たり前、な訳ではない。

毎日元気で楽しいイベントがあるのが当然。そうでないなら楽しいことを探しに出掛けたりしないといけない。

そういう静かながらも脅迫めいたものを感じることはないだろうか。

私にはある。
何もしたくないときは結構あるし、ワクワクしているときはそんなにない。

こんなんじゃいけない、元気を出して楽しくしなきゃ!と思うこともあるが、そういうときはあんまり奮起することができずに感情の赴くままに大人しくしていることが多い(人によってはネガティブに見えることもあるようだが)。

こんなとき、ポジティブに考えろ!とかいう人もいるが、ネガティブな気持ちをしっかり感じる前に無理矢理ポジティブに持っていっても、気分というものは一定で安定しているものではないので、また振り子のように戻ってくるのは目に見えている。ある程度冷静に観察するつもりで付き合ってから、反対方向に振り子を振ればいい。

勘違いしないでほしいのは、心のすべてが落ち込んでる訳ではなくて、落ち込みを感じている状態もありえるということだ。ネガティブを味わっている状態ともいえる。

世の中には、ポジティブは善でネガティブは悪という決めつけが強いと思うときもある。生活するにしてもポジティブで強くあることを前提としてさまざまな仕組みがあるように感じることもある。

でも、実際にはそんな思惑のようなものはなく、そのときの自分の気持ちが作り出している幻想のようなものが多分に含まれていると思う。

だから、こんな気分も悪くはない。
たぶん、いつも楽しそうに見える人でも、すべての瞬間において楽しい訳ではないか、そういうふうに脳を鍛えたのだと思われる。

気分が悪くなるような気持ちが沸き起こったときに適当に何かをしてごまかしたりせずに、「ま〜た、こんなこと考えてるよ」ってな具合にそれなりの時間をかけて感情に付き合ってあげるのもいいんじゃないだろうか。

頑張れば、何でもできる。こともある

私の好きでない考え方がある。それは「頑張れば何でもできる」という考えだ。

もちろん、何かをやり遂げようとするときにはそれくらいの気迫があったほうがいいだろうし、この考え方が好きな人もいるだろう。だから、その人たちと討論するつもりはまったくない。

言ってしまえば、ただ考え方が違うというだけのことだが、いつでもどんな状況でもこの考え方でいられるとは限らない。

誰かが頑張って「勝つ、合格する、成功する」
そうすると「負ける、不合格になる、失敗する」人が必ず存在する。
ということは、「頑張れば何でもできる」は成り立たなくなる。

まず、「何でも」という言葉に問題がある。
これを取り除くと、「頑張ればできる」となるが、これでもまだ問題がある。
「頑張れば何かできるかも?」くらいでちょうどいいのではないか。

これまで「頑張れば何でもできる」を貫き通して生きてこられたなら、それはそれで素晴らしいことだし、強い自信を持ってしまうのも無理はない。

だが、本心からそう思っているなら何も大きな声で主張したり、周りの人に押し付けてくる必要もないだろう。

結局のところ、「頑張れば何でもできることもある」ということなのだが、私の好きでない考え方についても大声で主張する必要はないので、この辺りでやめておこうと思う。

感情が豊かな人は健康なのかもしれない

子供の頃は喜怒哀楽が激しいと通信簿に書かれてたことがあったように思う。

でも今はそんなに感情の起伏はみられない。どちらかというとテンション低めで落ち着いている。

傍目には穏やかに見えるらしいが、それはただあんまり関わり合いのない人だからだろう。

体の方からしてみれば、ホメオスタシスの観点から一定の感情を保ってるほうがいいのかもしれない。

頭で考える分には、感情は豊かなほうがよい。単にそのほうが面白そうだから。
そんなように考えるのは体の恒常性が保たれているからだろう。体の恒常性が維持できていなかったら、変化があったほうがいいなんて考えることはないんじゃないか。

もしかしたら、感情の起伏に乏しく、良く言えば穏やかな人は体のホメオスタシスが正しく働いていないのかも。

おそらく、「なんか面白いことないかなー」なんて言ってるうちは健康なんだろうな。